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くろ・むら・さき

  : 

咲姫の心 思うままにつづります

墜落したいわたし 

今日はお天気があまりよくなさそうな予報に
一日おうちです。
でも、午前中は晴れていましたし、
今も曇ってはいますが、まあまあ…
これなら出かければよかったかしら。

101016空 (6)s

お友だちからいただいた本の箱に
倉橋由美子さんのエッセー集がありました。
わたしはこれまでおそらく倉橋由美子という人を知らなかったと思います。
でも、そこは好奇心旺盛なわたし、
食わず嫌いではないので、仕事の合間などに読みつないでいます。
その中に、

「わたしは、他人とつながって、あるいは衆をなして、
 なにかをする以外に生きることを知らないような人間を
 信用しないことにしています。 」

という一節がありました。

学生運動について書かれたものの中に出てきたものですが、
すべてにわたり、生きていくために、あるいは生き方として
わたしには共鳴できます。

しかし、わたしの生き方としてであり、
他人の考え方までどうこう言うつもりはありません。

倉橋さんの時代のように学生運動はなく、
…いいえ、昨年少しは盛り上がりを見せたでしょうか…
個々がばらばらに生きているように見える時代ですが、
それでも、会社などの組織、趣味の集まり、近所などなど、
だいぶ緩やかとはいえSNSなど人とつながり、衆をなして、
安心感を得て、生きている人間は多いのではないでしょうか。
そうはありたくないですけど、実はわたしもそうかもしれません。

組織の中にしっかりと居場所を確保し、
組織のため生き、あるいは組織を自分のために動かしている人間は
わたしの苦手とするところです。

本来、個の判断で進んでいくような場面でも
個が集まり、集団を作ろうとします。
そのくせ個が大切、個性を尊重しようなどと嘯きます。
本当でしょうか。

もう十分に生きてしまったわたしは
もともと集団の中で生きていけるような人間ではありませんが、
それでも様々な衆につながり、末席を汚す行いを重ねています。
馴染めないのですから、末席にいるしかないのですが、
その末席に座っている自分に弱さを感じます。
そう、十分に生きたのですから、
そろそろ末席から墜落してもよいのではないかと思うのです。
少しずつ切り離していますが、
切り離したにもかかわらず、
弱さゆえ、恥ずかしながら、
両手でしがみついたり、いっそう見苦しい姿をさらしています。

自分で自分を信用できない側の人間にしてどうしようというのでしょう。
わたし自身にこの言葉を言い聞かせ、
墜落していかなければなりません。
すべてから脱落したときこそ、自由に飛行できるように思われます。

それとも奈落に落ち込むのでしょうか。

そして復活があるのかもしれません。

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テーマ: ひとりごと

ジャンル: 心と身体

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