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人は死ぬために生きている。誰にも分け隔てなく訪れる死、長さは違うが。



私の生、人並みだとすれば、一年で言えばちょうど今ごろの季節か。
盛りを過ぎ、あとは年末に向かい、矢のように過ぎていくのだろう。

「死の縁」と言っても、飛び降りれば終わりのような崖の上にいる訳ではなく、深い湖に続く緩やかな尾根にいるようなもの。

もう湖に向かって下りていくしかない。もしかしたら、途中、急なところがあり転げ落ちるように湖に落ち込むかも知れないが、見下ろした感じ、緩やかな斜面である。下りるしかないのであるが。

これからピークを迎えるであろう若い人々にわずかな嫉妬と思うようにならなかった自分に対して軽い後悔がないと言っては嘘になるけど、まぁ登ってきた道を振り返り、よくここまで来たなぁと感嘆する方が多いかな。でも、私にはもう女性として輝く春も来ないし、燃えるような夏もなんだかわからないうちに過ぎ去った。

だいたい夏の終わりになってトランスをはじめた訳だから仕方がない。それは秋の終わりに花開く冬桜のよう。葉も落ちてしまったころ、ぽつりぽつりと咲く冬桜。その花一輪一輪は春の桜と同じであるだけに、全体を見渡しときの淋しさはひとしおである。私もそんな冬桜のようなものか。あるいは狂い咲きしたつつじのようにも思える。

すでに花咲く時期ではないけども、咲かせはじめた花、精一杯咲かせるしかないだろう。

まだ湖が見渡せるうちにせいぜい夏の名残、または秋の一日を楽しむとしよう。少しでも水に浸かる日をあとに延ばしながら。

水に入り、足を湖底の泥に取られるようななったならば、急に深くなっていることを願うばかりだ。一気に、迷惑をかけることもなく、屈辱を味わうこともなく、逝きたい。腰まで水に浸かり、身動きもできず、それでもただただ深みへ進む、それも遠浅の深みを時間をかけて進むなどと言うことは耐え難いことである。

死はやむを得ないことである。しかし、水に入ったとき、自分の意志で頭まで沈める力を残しておきたい。あるいは湖に向かい下りて行くのに、重力任せたような、人任せの下りはしたくない。たとえ死に向かっているのであろうとも、しっかり一歩一歩を自分の意志でおき、進んでいきたい。

トランスはトランスなりに心とからだの健康を保たねばならないだろう。そうでなければいっそう惨めで侘びしい死への歩み。

先日、介護の仕事に就く方に、「あと何回、秋を迎えられるだろうか…」と嘆いたら、「88才のおばあちゃんみたいなことを言ってる」と笑われた。しかし、偽らざる心境として、季節の変わり目ごとに感じることである。

もしかすれば、もう湖はすぐそこなのかも知れない。

   
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休みのたびに山歩きしています。深い森に住むニンフになれるかな。森から森へすべるように歩き回れるそんなニンフがいいな。黒紫が似合い、美しく、森へ入り込んだ人を惑わすようなそんなニンフになりたいって思います。


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